時間という幻想

幻想の最もリアルなものの一つは、時間があるということかもしれません。

でも、誰も過去を経験したことがなく、また誰も未来を経験したことはないんです。

過去と未来はいつも「今」のなかにイメージとして存在しているだけですね。

イメージとは思考活動です。そして、思考はいつも過去や未来に飛んでいます。

でもでも、私は確実に赤ちゃんから大人へ成長した。私は東京からロンドンにフライトした・・・。時間の流れ、そして空間は絶対存在する・・・と多くの人は思うでしょう。

では、もう一度。

今以外を経験したことはあるでしょうか?

赤ちゃんから大人へ成長した、東京からロンドンにフライトしたという経験は、どこで起きているでしょうか?

「今」以外でそれらの経験をしたことはあるでしょうか?

体に同化し、体が自分であると信じ込むことで「体の変化」という時間が生まれます。

また、体に同化していれば、AからBへ「体が移動」したことが空間と時間の証拠となります。

多くの人は、体に個人の意識がくっついているという認識を持っています。

しかし、真実は「無限の気づきの意識」の中に体が現れているのです。

変化した自分の体や顔、体が移動するという感覚、飛行機の音、視野に入ってくる風景などなどではなく、それらに気づいている意識のほうに注意を向けてみませんか?

無限の気づきの意識に深く寄り添ったとき、真のあなたは不変であり、どこにも移動していないことがきっと見えてくるでしょう。

時間も空間もない「今」のなかであらゆる現象が起き、消えていきます。

真のあなたは、幻想の時間と空間を旅している個人ではなく、この無限の気づきの意識(気づきの存在、生命、神、ワンネス、etc)そのものなのです♪

 

 ☆新しい動画を追加しました。

時間という幻想」への1件のフィードバック

  1. かいりきまーちゃn

    なるほど。おっしゃることが段々わかってきました。自分を中心に世界が回っているような
    なんか尊大な感じもしますが・・・。面白いです。巧みな説明ありがとうございます。

    いいね

    返信

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