欲望と恐れ、そして本質への回帰♪

今回は悟りのマスターの言葉の引用から始めようということで、

ニサルダガッタと質問者の会話の中です。

ニサルダガッタ:“人間の行動が欲望と怖れに支配されている限り、あまり希望は持てません。人が間違ったものを欲し、正しいものを恐れてしまうとき、カオスと絶望を生み出します”。

質問者:“何が正しくて、何が間違っているのでしょうか?”

ニサルダガッタ:“おおまかに、苦しみを生み出すものは間違っていて、苦しみを和らげるものは正しいと言えます。”

癒し業に携わっていると、これはまさに本当だなぁと思うのです。

例えば、幼い頃に虐待を受けて、自己価値が地に落ち、愛の飢えが非常に大きい場合、当然愛を求める衝動が自動的に生まれます。

ところが親に求めてももらえず、また恋愛や友人関係もうまくいかない場合、どこに目を向けても愛が得られないと感じ、苦しくなってしまいますね。

こんな場合、この人が愛を求めるのは間違っているのでしょうか?

ある意味そうなんです。

これは人類がみ~んなやってしまうことですね。自分の中にない(と感じる)ものを外(他者)からもらって埋めようとしてしまう。

でも、得られない→苦しい。

愛や幸せを外に求め、それが得られないのではと恐れ、またはたとえ得られても、なくなるのではと恐れる。(本当に私のことを愛している? 私は認められている? 私は大丈夫?)

もちろん私も疲弊するほどこれをやりました。

愛を求め、経済的な安定を求め、存在価値を求め、生きがいを求め、得られない度に空虚感、絶望感にさいなまれ、生きていても仕方がない・・・・と深いため息。

でも、まず大切なことは外に求める声をきちんと受け止めてあげることですね。自我が必ずやってしまうごく自然な間違いです。

間違いとも言えないぐらい。だから、受け止めてあげる。

そして苦しみを本質、真実に帰る道しるべとして、自分がほんとうにほんと~~に求めているものは何なのか?を見つめていきます。

分離していると思い込んでいる自我には、自動的に恐れがビルトインされていると同時に、本質に帰りたいという欲求もビルトインされています。

なので自分が求めているものを徹底的に見て行けば、すべての欲求は必ず本質回帰への欲望に行きつくんです。

徹底的に見るには、少しスキルが必要かもしれません。でも、“それが手に入るとどんな気持ちになれる?”という問いをひたすら続けるのも一つのやり方です。

お金が十分に手に入ったらどんな気持ちになる?→安心する→“安心できたらどんな気持ちになれる?”→“平和な感じ”→“平和になれたらどんな感じになれる?”→自分が全体に溶けている感じ・・・などなど、どこまでもやってみます。

これをやったからといって飢え自体がなくなるわけではありませんが、自分がほんとうは何を求めていて、どこへ向かえば良いかは見えてくるでしょう。

話を戻して、本質を求める最大のメリットは必ず得られるということですね。失敗率ゼロ。

というか自分はすでにそれそのものであって、一度も本質から分離したことはない。だから、得るという以前の話。

でも、私たちの多くは自分を見つめることを恐れ(抵抗感として現れる)、外に求めるほうが楽だと考えがちです。

悟りもその一つ。自分を見つめるよりも、真実を(外に)求め、理解しようとする、到達しようとする。

でも、真実は見つけるものでも、理解するものでも、または到達するものでもなく、自分の中にある唯一捉えることができず、いつもあるもの。

そして、そこにただある。

チルチルとミチルが遠くに探しに行きすぎたように、ほんとうは始めからここにある。

PS: 愛を求める自分をセラピーなどで癒すことももちろんおススメです。喉の渇きがひどいとき、とりあえず水を飲んで落ち着ついた自分にすることも大切ですね。(ちなみに水を飲んで落ち着くと、悟りに興味が無くなる人も多い)

 

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欲望と恐れ、そして本質への回帰♪」への8件のフィードバック

  1. 黒崎顕 aka たこぴゃろ

    あゆかさん、いつもありがとうございます。

    「私はいない」のにトラウマとか癒す対象とか存在するのでしょうか?

    いいね

    返信
    1. ayukablog 投稿作成者

      こんにちは♪

      これは明らかに思考から生まれた質問ですね。

      実際に起きていることをもう少し見つめてみませんか?

      体と思いと感情はありますよね?
      それとも気のせいで、本当は私はいないのだから、これらも幻?
      虐待のトラウマの苦しみも、
      癌の痛みも
      手から流れる赤い血も
      ぜんぶ幻?
      ほんとうは存在しない?

      これらがあることは否定できないかなと思います。

      では、それらの所有者はいるでしょうか?

      私の体、私の思い、私の感情と言いますが、所有者の私はいますか?

      ぜひ探してみてください♪(ブログの記事に何回か同じこと書いております)

      体の中を探しても、思いや感情の中にもどこにも「私」である所有者はいませんね?

      それが私がいないという意味です。(*^_^*)

      私はいなくても、病んでいる体、傷ついた感情、誤った思いは存在します。

      それらを個の誰かが所有しているという思い違いを人類は長い間してきました。

      非二元は概念ではなく、徹底的な観察です(ダイレクトパス)。

      ぜひ、深い観察をしてみてくださいませ。

      また、セミナーでお会いできましたら幸いです。(*^_^*)

      いいね

      返信
      1. ヤス

        ヤスです。
        名古屋教室、もうすぐですね。楽しみにしています。

        少し、引っ掛かりがあるのでコメントさせて下さい。
        「所有者」の件ですが、これはある意味答えから入った問いかけではないでしょうか?
        「所有者」を探しても見つからず困ってしまっている状態で答えが出るのでしょうか?

        例えば、「思考」を出してください?「感情」を出して?あなたの膨大な「記憶」を出して見せてください?と同じように思えるのですが?

        もちろん、問いかけですから、人により理解を深める人と逆に迷いに入ってしまう人と様々だと思いますが?

        いかがでしょうか?

        いいね

      2. ayukablog 投稿作成者

        ヤスさん、こんにちは♪

        所有者を探して見つからなければ、「私がいない」ということですね。終わり。シンプル。

        これは単に“冷蔵庫にジュースがあるかどうか見てください”というのと、まったく同じレベルの質問です。ジュースがあるか、ないか、どちらかだけ。

        単純にあるかないかを探して欲しいだけです。というのも、ほとんどの人が「私がいる(個の自分がいる)」と思っているからです。

        ではでは、名古屋でお会いするのを楽しみにしております。(*^_^*)

        いいね

  2. s.o

    ずいぶん前からこちらのブログを読ませて頂いています。

    とても魅力的で興味深いのですが、悲しいかな全く体感がありません。

    最近特に現実が厳しくとても苦しいので、すがる思いでコメントしてしまっています。

    行為者も経験者もいない… 行為者や自由意思がないというのは、本当にそうだと思うのです。昔から、望んでも思ってすらいなかった自分の行動にギョッとすることがよくあります。
    でも、経験者はしっかりといて、苦しみをガッツリ感じています。思いどおりの行動はさせてもらえないのに、苦しみだけはガッツリ経験させられる… 本当にヘトヘトです。

    こちらのブログに実験のようなことが書いてあれば試すし、ダイレクトパスの本まで買いましたが、さっぱりわからず途方にくれています。
    苦しくて泣きたい毎日です。どうしたら経験者は消えてくれるのでしょう…?

    いいね

    返信
    1. ayukablog 投稿作成者

      S.Oさん、こんにちは♪

      いつもブログをお読み頂きましてありがとうございます。

      一つ、非二元は苦しみを解放するものではないんですよ~。おそらく、真実が分かる=苦しみから解放される、または、行為者が消える=苦しみも消えるというふうに思われているのかなと思います。

      かつての私を含め、そう思い描いている人はとても多いと思います。が、これは勘違いなんです。

      とりあえず、非二元は癒しのツールにはなりませんので、自分特有の苦しみを解決するには、セラピーのほうが早く、ピンポイントでワークできるかと思いますよ。

      また、行為者(経験者)はそもそもいないので、ないものを消すことはできないんです。

      苦しみはざっくり言ってしまえば、否定や抵抗から生まれます。現実に対して、なんらかの無意識の解釈が走り(または、そもそも強い自己否定が走っている)、それがものすごく否定的であった場合、体を巻き込んでとっても苦しいです。(インテグレイテッド心理学でしくみの説明をしています)

      否定や抵抗が潜在意識の中にあるので、本人はなかなか自覚できず、現状が苦しみを生んでいると思いがちです。苦しみから抜け出すには、自分の無意識の中にある否定や抵抗を見つけて、それを解放していくことです。(セラピーでできます)

      でもなぜ、真実が苦しみの解放になると多くのマスターが言うのかというと、真実に目覚めると完全なサレンダーが起きるからです。

      でも、それはネガティブな感情がなくなるという意味ではなく、ネガティブな感情に抵抗しなくなる、現状がどんなであれ、それを100%受容できるからということなんです。

      ということで、一応セラピストさんのリストのリンクを貼っておきますね。スカイプでもできますので、もしどなたかピンときましたら、セッションを受けて見られたらと思います。

      https://ayukablog.wordpress.com/セラピスト/

      いいね

      返信
  3. ジャスミン

    あゆかさん
    いつもありがとうございます。

    すべては自分の意識が創り出していることだとわかってくると、
    出来事や他人への期待や執着が薄れてきてます。

    今まで現実を変えようとか、
    もっとより良くなろうということをモチベーションに生きてきたので、
    このホログラムのような世界で
    何をモチベーションに生きていいかわからくなり、
    虚無感を感じています。

    人間ドラマに使ってきたエネルギーや時間が浮いた分、
    ヒマになったというか。。。笑

    そのうち、この虚無感から抜け出すときはくるのでしょうか?

    いいね

    返信
    1. ayukablog 投稿作成者

      ジャスミンさん、こんにちは♪

      自分の意識とは、個の自分の意識ではなく、気づきの意識という意味ですよね?

      虚無に陥ってしまうということは、理解がかなり思考寄りなのかもしれません。
      やりとりをさせて頂かないと分かりませんが・・・・。

      というのも、自分の本質は躍動する生命そのものえもありますので、それを体験的に理解していれば、虚無にはならないかと思います。

      一瞥体験をした後に虚無に陥る人も多いのですが、それは体験を思考が解釈してしまうため、虚無に陥るんですね。

      ということで、空であり、躍動である、二つに分けられない本質の自分にもっと寄り添ってみませんか?

      いいね

      返信

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