目は臓器であって、捉えた風景に気づけない

いまここにすべて真実は露わになっていて、
どこかに探しに行くから、私たちはどんどん遠ざかる。

気づきの意識が私たちの本質だよ~と言うと、気づきの意識を捉えようとする、
こういう感じ? これかな?

いえいえ、もう自分がいることに気づいていますよね?

なぜ?

気づいている意識があるから。

終わり。

(ここで思考がバタバタする)

“それって、個人の意識じゃないの?”
“五感が捉えているんでしょ”
“脳が捉えているんでしょ”
“ぜんぜん愛とか受容とか、無限とか感じないんだけど”
“分からない・・・、どういうことだ”

個人の意識とか、五感や脳が捉えている・・・とか考え始めると、単に考えの中に埋もれていくだけでしょう。

ので、

自分がいることに気づいている

時間が経過していることに気づいている

自分がパニックっていることに気づいている

自分が空間を移動していることに気づいている

呼吸と部屋の外のサイレンの音にも同時に気づいている

つきあげるような孤独感とテレビの画面に同時に気づいている

かすかな感覚から世界の大事件まで気づいている

あらゆる思い、感情、感覚、
あらゆる出来事、事件、事象

すべてに気づいている。

これが気づいている意識。

これは体験による明白な理解ですね。

ので、終わり、以上。

(思考はまだバタバタする)

“でも、目がテレビの画面を捉えて、耳がサイレンを捉えて、脳が認知をしているんじゃないの?”

目は臓器であって、目は捉えた風景に気づかない
耳は臓器であって、耳で捉えた音に気づけない
脳は臓器であって、脳で捉えたものに気づけない

体が体に気づいているのではない。臓器がそれらを経験しているのではない。

気づきの意識が、目で捉えた風景、耳で捉えた音、脳で認知したもの、反応にしたものに気づいている。

カメラは映しだした風景を経験しているだろうか?
レコーダーは捉えた音を体験しているだろうか?
AIはプログラムされたものを経験しているだろうか?

あゆかの目が見たもの、あゆかの耳に聞こえた音、あゆかの体に感じた感覚、浮かんできた思い、あゆかの脳が反応した恐怖、喜び・・・。

あゆかは、この固有の体、思い、感情につけられた名前。
つまり、あゆか=固有の体、思い、感情

でも、体、思い、感情はすべて気づかれるもの、

だから、あゆかは気づいているものではない、それらを経験しているものではない。

では、あゆかのあらゆる動きに気づき、それを経験している何?

考えずに・・

ただ、

見る!

 

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